特集 解説

10月1日、カスハラ対策が義務化 保険代理店に必要な「苦情対応」と「従業員保護」の仕組み

10月1日、カスハラ対策が義務化 保険代理店に必要な「苦情対応」と「従業員保護」の仕組み

2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法に基づき、カスタマーハラスメントを防ぐための措置を講じることが事業主の義務となる。方針の明確化や相談窓口の整備に加え、被害が生じた後の対応や、悪質な行為への対処方針まで求められる。

目次
  1. 小規模な代理店も対象。求められるのは事業主としての対応
  2. 保険金への異議や説明の求めを、すぐにカスハラと扱わない
  3. 従業員を保護し、必要な苦情対応は組織で引き継ぐ
  4. 「社長が戻るまで待つ」を前提にしない初動対応
  5. 記録には、顧客の言動だけでなく代理店の対応も残す
  6. 研修や保険の活用は、自社の対応手順と組み合わせる
  7. 施行前に、一本の電話を想定して動かしてみる

2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法に基づき、カスタマーハラスメントを防ぐための措置を講じることが事業主の義務となる。方針の明確化や相談窓口の整備に加え、被害が生じた後の対応や、悪質な行為への対処方針まで求められる。(厚生労働省)

保険代理店にとって、この対応は苦情管理と切り離せない。保険金の支払い、契約時の説明、更改手続きなどへの不満を受け止めながら、従業員への暴言や威圧的な言動には組織として対処する。その両方を担う必要がある。

例えば、説明の不備を指摘する顧客が、途中から担当者の人格を否定する発言を繰り返した場合。説明の経緯を調べることも、担当者をその場から離すことも必要になる。どちらか一方だけで済ませられる問題ではない。

施行を前に確認したいのは、「カスハラには毅然と対応する」という方針があるかだけではない。電話を代わるのは誰か。責任者が不在のときはどうするか。顧客の申出を、誰が引き続き調べるのか。そこまで決めておくことが、代理店の備えになる。


小規模な代理店も対象。求められるのは事業主としての対応

今回の義務化は、大企業や特定の業種に限ったものではない。労働者を雇用する事業主が対象であり、小規模な保険代理店も含まれる。一般消費者を相手にする事業だけでなく、法人との取引を中心とする事業も対象となる。(厚生労働省)

保護の対象となる労働者も、正社員だけではない。パートタイム労働者や契約社員などを含むため、募集人だけでなく、電話受付や契約事務を担当する従業員についても対応を整える必要がある。また、業務を行っている場所であれば、顧客の自宅や取引先の事務所も「職場」に含まれる。(厚生労働省)

厚生労働省が示す措置を大きく整理すると、次のようになる。

整備する事項求められる内容の要点
方針と対処内容の周知従業員を保護する方針を明確にし、カスハラに当たる言動や、発生時の対処内容を従業員に知らせる
相談体制相談窓口を定めて周知し、相談担当者が適切に対応できるようにする
事後の対応事実関係の確認、被害を受けた従業員への配慮、再発防止に向けた措置を行う
悪質な行為への対処特に悪質と考えられる行為への対処方針をあらかじめ定め、実行できる体制を整える
相談者等の保護プライバシーを保護し、相談したことなどを理由とする不利益な取扱いをしない旨を定め、周知する

厚生労働省のリーフレットを基に編集部が整理。表は措置の概要であり、具体的な要件は指針で確認する必要がある。(厚生労働省)

店頭やウェブサイトへの方針掲載は、取組を顧客に伝える方法の一つだ。ただし、従業員が相談できず、現場で対応を引き継ぐ人も決まっていなければ、方針だけでは機能しない。

既存の苦情対応規程やハラスメント相談制度を活用する場合も、「顧客の苦情を処理する窓口」と「被害を受けた従業員が相談する窓口」の役割を区別しておきたい。同じ担当者が兼ねるとしても、顧客への回答だけで案件を終了させず、従業員の状態を確認する手順が必要になる。


保険金への異議や説明の求めを、すぐにカスハラと扱わない

法律上のカスタマーハラスメントは、顧客等の言動が、業務の性質や事情に照らして社会通念上許容される範囲を超え、それによって労働者の就業環境が害されるものをいう。対面だけでなく、電話やSNSなどでの言動も含まれる。(厚生労働省)

判断で分けて考えたいのが、「何を求めているか」と「どのような言動で求めているか」だ。

以下は、保険代理店での対応を考えるために編集部が設定した例である。

「保険金が支払われない理由を、もう一度説明してほしい」という申出があった場合、保険会社の判断に異議を述べたことだけでカスハラとは扱えない。説明が十分に伝わっていないのか、新しい事実の申出があるのかを確認する必要がある。

一方、説明を求める理由に妥当性があっても、担当者への脅迫や土下座の強要があれば、言動そのものへの対応が必要になる。厚生労働省の指針も、要求の内容と手段・態様のどちらか一方が社会通念上許容される範囲を超える場合に、カスハラに該当し得るとしている。(厚生労働省)

同様に、「契約時に説明されていない」という苦情と、担当者に対する侮辱的な発言が同時にある場合、二つを別々に確認することになる。侮辱的な言動をやめるよう求める一方で、募集時の説明内容や記録を調べる。従業員を保護するために、申出の内容まで調査対象から外すことは避けたい。


通話時間や質問の回数だけで線を引かない

長い電話や繰り返しの質問についても、その長さや回数だけで機械的に判断するのは適切ではない。代理店側の説明不足、回答の食い違い、確認の遅れなどが背景にないかを含めて見る必要がある。指針は、言動に至った経緯や状況、頻度・継続性などを総合的に考慮するよう示している。(厚生労働省)

社内で「一定時間が経過したら管理者に報告する」という目安を設けることは考えられる。ただし、それは担当者を孤立させないための運用であって、その時間を過ぎた顧客を一律にカスハラと認定する基準にはしない。

障害のある顧客から、不当な差別的取扱いをやめるよう求められたり、必要な配慮を申し出られたりしたこと自体も、カスハラには当たらない。対応に伴う負担が過重でない場合には、必要かつ合理的な配慮を行う必要がある。(厚生労働省)

例えば、口頭の説明を聞き取ることが難しい顧客には、本人の希望を確認しながら筆談や書面などを検討する。「何度も聞かれた」という記録だけで判断せず、どのような方法で説明したかも振り返りたい。


従業員を保護し、必要な苦情対応は組織で引き継ぐ

これは、同じ不当な要求に際限なく応答し続けるという意味ではない。十分な説明後も要求が繰り返される場合には、社内方針に従って通話や面談を終了することも考えられる。一方、申出の内容に必要な調査や回答、保険会社への報告が残っている場合は、それらを別に管理する。

保険代理店では、自社の対応と保険会社の対応をつなぐ手順が重要になる。

金融庁の「保険会社向けの総合的な監督指針」は、代理店などの外部委託先が行う業務に関する苦情について、保険会社が迅速かつ適切に対処できる態勢を求めている。顧客が代理店に申し出た苦情についても、保険会社へ漏れなく報告される態勢が着眼点となっている。(金融庁)

したがって、顧客の言動に問題があった場合も、その経緯とは別に、保険契約や募集に関する申出の内容を整理する必要がある。代理店内で「カスハラ案件」と分類したことを理由に、本来報告すべき苦情まで保険会社に伝わらなくなる運用は避けたい。

例えば、保険金の支払可否や支払額など、代理店だけでは判断・回答できない事項については、保険会社の担当部署と確認する。その際、単に「保険会社に連絡してください」と伝えるだけでなく、すでに受け付けた申出、これまでの説明、未回答の事項、今後の連絡担当を引き継ぐ運用が考えられる。

ここで区別すべきなのは、「その担当者が対応を続けること」と「会社として申出に対応すること」である。

担当者への攻撃が続くなら、管理者が窓口を引き継ぐ。一方、説明の不備や手続き上の問題が指摘されているなら、別の担当者が調査を進める。従業員保護と苦情処理を、それぞれの責任者の下で動かす形だ。

また、その日の通話や面談を終了することと、保険契約の解除や保険金請求への対応を打ち切ることは別の問題になる。厚生労働省の指針でも、悪質な行為に対するサービス提供の拒否は、法令の制限内で行う例として示されている。契約関係に影響する対応を、現場の判断だけで進めないことが重要だ。(厚生労働省)


「社長が戻るまで待つ」を前提にしない初動対応

小規模な代理店では、責任者が顧客訪問などで不在になる場面も想定しておきたい。

「問題があれば代表者に連絡する」とだけ定めても、すぐにつながらなければ、受付担当者が対応を続けることになる。代理の連絡先、担当者がいったん対応を中断できる場面、緊急時の行動を併せて決めておく必要がある。

厚生労働省が公表した2026年度改訂版の企業マニュアルも、小規模店舗などで現場の管理者がいない場合を想定し、従業員だけでも適切に対応できるよう、基本的な方法を周知する必要性を示している。(厚生労働省)

代理店の初動は、次のように整理できる。以下は編集部による運用例であり、法令上の統一手順ではない。

まず、安全を確保する。

暴力や身の危険があるときは、事情聴取や社内承認を先に済ませようとしない。従業員をその場から離し、必要に応じて警察へ通報する。指針でも、暴行・傷害・脅迫など犯罪に該当し得る言動への警察通報を対処例に挙げている。(厚生労働省)

安全が確保できる状況では、申出と経緯を確認する。

どの契約について、何に不満があり、どのような回答を求めているのかを整理する。担当者の権限を超える回答や、事実を確認しないままの支払・補償の約束はせず、確認先を明らかにする。

一人での対応が難しくなったら、管理者へ引き継ぐ。

この段階で、担当者自身に「法律上のカスハラに当たる」と結論を出させる必要はない。指針は、発生のおそれがある場合や、該当するか微妙な場合も含め、広く相談に対応するよう求めている。(厚生労働省)

社内研修では、引継ぎを伝える言葉も練習しておきたい。例えば、侮辱的な発言が続いている場面で、次のように伝える方法が考えられる。

「ご説明についてのご指摘は、責任者が確認いたします。ただ、担当者への侮辱的な発言が続いているため、ここからは責任者が窓口を引き継ぎます。」

顧客を「カスハラをする人」と決めつける言い方より、問題となっている行為と、これから取る対応を具体的に伝える。

引継ぎ後は、管理者が顧客への対応方針を決めるとともに、従業員の状態も確認する。電話を代わっただけで終了せず、その日の業務を続けられるか、同じ顧客との接触を避ける必要があるかなど、本人の意向を聞きながら対応を検討したい。


記録には、顧客の言動だけでなく代理店の対応も残す

「悪質なクレームだった」という一文では、後から経緯を確認できない。

記録では、顧客が申し出た内容、実際の言動、代理店側の説明や対応、担当者が受けた影響を分けて残す。その場で確認した事実と、後から確認できた事実も区別したい。

厚生労働省の企業マニュアルは、対応記録や録音・録画、時間の計測など、第三者が検証できる証拠の収集を示している。(厚生労働省)


対応記録に設けたい項目の例

記録項目残しておきたい内容
基本情報発生日時、場所・連絡手段、対応者、関係する契約や案件の識別情報
顧客の申出何への不満か、求めている回答・対応は何か、未確認の事項は何か
問題となった言動具体的な発言や行動、継続時間、繰り返しの状況、同席者の有無
代理店側の対応説明した内容、確認した資料、交代・中断などの判断と判断者
従業員への影響と対応本人の申告、業務への支障、安全確保や担当変更などの措置
その後の管理保険会社への報告、顧客への回答予定、担当者、対応の進捗、再発防止策

※編集部による参考項目。法令で定められた統一様式ではない。従業員の健康状態などの情報は、共有の必要性に応じて閲覧範囲を分ける運用も検討したい。

例えば、「長時間怒鳴られた」とだけ書くより、いつからいつまで、どのような発言があり、その間に代理店が何を説明したかを残す。録音で確認できる発言と、担当者が「怖いと感じた」という申告は、混ぜずに記載する。後者も従業員への配慮を考えるうえで大切な情報である。

録音を導入する場合は、データの取扱いも整理しておく。通話内容から特定の個人を識別できる場合、その内容は個人情報に該当する。個人情報保護委員会は、個人情報に該当する場合、個人情報取扱事業者には利用目的を通知または公表する義務があると説明している。
出典:個人情報保護委員会「個人情報保護法に関するQ&A」Q1-10

録音する目的、閲覧できる人、保存先、保存期間や廃棄手順を定め、個人の端末や私的なチャットに記録が散在しない運用にしたい。保険会社へ共有する際も、案件への対応に必要な情報と、従業員の私生活や健康に関する情報を区別する。


研修や保険の活用は、自社の対応手順と組み合わせる

保険業界でも、企業のカスハラ対策を支援するサービスが提供されている。

東京海上日動は2026年9月3日、AVITAと連携し、AIアバターを使うロールプレイングサービス「Talktice」を同月から提供すると発表した。同社は、グループ会社による対応方針や社内マニュアルの策定支援、相談窓口や被害者ケア、保険による対応費用の補償を組み合わせた支援も紹介している。(東京海上日動)

こうしたサービスを検討するときは、「研修を受けられるか」だけでなく、自社で決めた引継ぎ手順を練習できるか、管理者も参加するか、発生後に誰へ相談できるかまで確認したい。

保険の補償や外部相談サービスを利用する場合も、対象となる事案、費用、利用条件は個別に確認する必要がある。外部の支援を使うことと、事業主として方針や相談体制を整えることは分けて考えるべきだ。


施行前に、一本の電話を想定して動かしてみる

規程を整えたら、一つの場面を設定して、実際の動きを確認したい。

例えば、「代表者が外出中、事務担当者が受けた電話で侮辱的な発言が続いた」という場面である。

誰に連絡するのか。つながらなければどうするのか。通話を引き継ぐ人は記録をどこで確認するのか。顧客への回答は誰が行い、担当者の状態は誰が確認するのか。短い演習でも、書面だけでは気付きにくい不足を探す機会になる。

保険会社の担当部署や外部相談先の連絡先も、契約書や担当者の記憶の中に置いたままにせず、必要な人が確認できる状態にしておきたい。

また、相談を受けた管理者が「長年のお客さまだから」「その程度は我慢して」と対応を戻してしまえば、窓口を設けた意味が薄れる。相談したことや事実確認に協力したことなどを理由に、不利益な取扱いをしないことも、制度上の重要な要件である。(厚生労働省)

カスハラ対策は、苦情を受け付けなくするための仕組みではない。顧客の申出を調べる責任を組織が引き受け、その過程で従業員を孤立させないための仕組みである。

施行前の点検では、立派な方針ができたかだけでなく、困った従業員が連絡したとき、実際に誰が動くのかを確かめておきたい。


※本記事は2026年9月25日時点の厚生労働省の指針・公表資料、金融庁の監督指針等に基づく一般的な整理です。事例、対応文、記録項目は編集部による参考例であり、個別の言動の法的評価や対応の適否は、具体的な事情によって異なります。運用に当たっては、自社の規程、所属保険会社との取決めを確認し、必要に応じて都道府県労働局や弁護士等に相談してください。

本記事はINSURANCE JOURNAL編集部による解説・分析です。制度・商品の詳細は公式発表をご確認ください。

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