保険会社のAI活用といえば、問い合わせ対応のチャットボット、コールセンターの音声解析、保険金支払い業務の効率化、不正請求の検知、社内文書の作成支援などが中心だった。AIはすでに、保険事業の裏側を支える技術として一定の役割を担っている。
その活用領域が今、顧客との接点へ広がろうとしている。新たな選択肢の一つとして注目されるのが、商品説明や手続き案内などを自動で動画化する「AI動画」だ。
資料を基にナレーションや映像を生成し、従来は営業担当者や研修担当者が繰り返し説明していた内容を、顧客や従業員が必要なときに視聴できるようにする。動画の制作負担を抑えるだけでなく、営業活動や募集管理のあり方を変える可能性もある。
対面かオンラインか、二者択一ではない
保険営業を取り巻く環境は大きく変わった。顧客は保険会社や代理店の担当者から説明を受ける前に、比較サイトや検索エンジン、SNS、動画などを使い、自ら情報を集めるようになっている。申込みから契約手続きまでをオンラインで完結できる商品も珍しくない。
一方、保険は保障内容や特約、免責事項などが複雑であり、単に情報を掲載すれば顧客が十分に理解できるとは限らない。「自分にはどの保障が必要なのか」「この条件では保険金が支払われるのか」「現在の契約と重複していないか」など、顧客ごとに異なる疑問も生じる。
そこで浮かび上がるのが、保険募集に含まれる業務を「説明」と「相談」に分ける考え方だ。商品概要、申込方法、契約後の手続きといった標準化しやすい説明は動画などのデジタルコンテンツを活用し、顧客の事情を踏まえた相談や提案は人が担う。
資料から説明動画を生成
こうした課題に対応するサービスの一つが、フレイ・スリーのAI動画プラットフォーム「1ROLL(ワンロール)」だ。
同社によると、1ROLLは既存の資料を基に、AIによる要約やナレーション生成などを用いて動画を制作する。動画の作成だけでなく、管理、配信、視聴状況の分析までを一つのプラットフォーム上で支援するという。
保険業界では、見込み顧客への情報提供、商品提案、契約後の利用案内やフォロー、社内研修など、さまざまな場面での利用を想定する。
営業面で特徴となるのが、顧客管理システムやマーケティングオートメーションとの連携だ。Salesforceなどのシステムと連携し、顧客がどの動画を視聴したか、どの程度まで見たかといった情報を営業活動に活用する。担当者は、顧客の関心が高まったタイミングや興味を持つテーマを推測し、その後の連絡や提案に反映できる。
動画の価値は「作ること」だけではない
従来の動画制作では、構成の作成、撮影、ナレーション収録、編集、確認などに時間と費用がかかる。そのため、テレビCMやブランド紹介、主力商品のプロモーションなど、比較的長期間使用するコンテンツが中心となりやすかった。
AIによって制作負担が下がれば、これまで動画化が難しかった細かな説明にも用途が広がる可能性がある。
- 商品や特約の概要説明
- 申込画面の操作案内
- 契約後の各種手続きの説明
- 保険金・給付金請求の案内
- 契約更新時の注意事項
- 代理店や募集人向けの商品研修
- 制度改定や社内ルール変更の周知
- セミナーや営業資料のオンデマンド配信
保険商品や手続きは改定が発生することも多い。コンテンツを迅速に修正できるならば、古い情報が残り続けるリスクの軽減にもつながる。また、会社が確認した動画を共通教材として利用することで、説明内容の標準化も図れる。
「説明した」から「理解を支援した」へ
動画の視聴データを営業活動に利用する考え方は、保険募集の管理にも新たな視点をもたらす。
従来の営業管理では、担当者が「商品内容を説明した」「資料を交付した」と記録することが中心だった。しかし動画を利用すれば、顧客が実際にコンテンツを視聴したか、途中で離脱したか、同じ部分を繰り返し見たかなどを把握できる場合がある。
ただし、動画を最後まで視聴したことと、内容を正確に理解したことは同じではない。視聴履歴は理解の証明ではなく、関心や疑問を推測する材料と位置付ける必要がある。
動画を見た後の相談率、手続きの完了率、問い合わせ内容の変化、説明に要した時間、契約後の認識違いや苦情の発生状況などを検証してこそ、保険募集における実質的な効果が見えてくる。
重要事項説明を動画だけに任せられるか
保険業界でAI動画を活用する際には、一般的な商品PRとは異なる慎重さが求められる。デジタルツールや動画を使ったとしても、保険会社や代理店が負う募集管理上の責任がなくなるわけではない。
生成内容の正確性
AIが資料を要約する過程で、条件や例外、免責事項などの重要な情報を省略すれば、顧客に誤解を与えるおそれがある。元資料が正しくても、ナレーションや画面表示が不適切になる可能性を考慮しなければならない。
承認と更新の体制
AIが生成した動画をそのまま配信するのではなく、商品部門、募集管理部門、法務・コンプライアンス部門などが内容を確認する仕組みが必要になる。商品改定や制度変更があった場合に、対象動画を特定し、速やかに差し替える管理も欠かせない。
顧客ごとの理解度への配慮
動画は同じ内容を均一に伝えられる反面、高齢者、障害のある人、日本語を母語としない人などにとって、必ずしも理解しやすい形式とは限らない。字幕、再生速度、文字サイズ、多言語対応、有人相談への切り替えなど、複数の手段を用意する必要がある。
個人情報と視聴データ
誰がどの商品動画を視聴したかという情報は、営業上価値の高いデータである一方、顧客の関心や検討状況に関わる情報でもある。取得目的や利用範囲を明確にし、適切な権限管理とセキュリティー対策を講じることが前提となる。
動画化しやすい業務、しにくい業務
比較的導入しやすいのは、内容が定型化されており、個別判断を伴わない業務だ。申込方法、マイページの操作、住所変更、保険料控除証明書の確認方法などは、動画との相性がよい。
一方、保障の必要性を判断する場面や、複数の商品を比較して推奨する場面、顧客の意向を確認する場面では、人の関与がより重要となる。
重要事項説明についても、動画で情報を提示することと、動画だけで説明を完結させることは分けて考えなければならない。動画で基本事項を伝えたうえで、担当者が疑問点を確認し、顧客の状況に応じて補足する形が現実的だろう。
AIが変えるのは営業職ではなく、時間の使い方
保険は、顧客の生活、家族、健康、資産、事業などに関わる商品である。商品情報を分かりやすく伝えるだけでなく、顧客自身も整理できていない不安や希望を引き出し、選択肢を一緒に考える役割が必要になる。
定型説明をAIや動画に任せることで、営業担当者は、顧客の話を聞く、保障の重複や不足を確認する、契約後も継続的に支援するといった仕事へ時間を使いやすくなる。
AI動画が変えるのは、営業職の有無ではない。営業担当者が、限られた時間を何に使うかである。
保険業界で関連サービスの競争も
AI動画を巡っては、動画生成サービスだけでなく、CRM、営業支援、マーケティングオートメーション、コールセンター、研修管理、オンライン面談、顧客データ分析など、複数の領域から事業者が保険市場へ参入する可能性がある。
競争の軸も、映像の自然さや制作速度だけではなくなる。保険商品の複雑な説明に対応できるか。承認履歴や変更履歴を管理できるか。CRMや募集管理システムと連携できるか。個人情報を安全に扱えるか。導入後の効果を測定できるか。
保険会社や代理店にとっては、単に「AI動画を作れるサービス」ではなく、募集品質や顧客体験の向上まで支援できるかが選定のポイントになる。
保険DXは「効率化」から「顧客接点の再設計」へ
保険業界のDXは、紙の削減、入力作業の自動化、オンライン手続きの整備などを中心に進んできた。次に問われるのは、デジタル化によって生まれた時間やデータを、顧客への価値にどう変えるかである。
AI動画によって説明時間を短縮しても、その時間が単なる業務削減で終われば、顧客体験は必ずしも向上しない。生まれた時間を相談、提案、契約後のフォローに振り向けて初めて、AI導入の意味が生まれる。
AI動画は、保険募集のすべてを変える万能な手段ではない。しかし、従来は一体となっていた「情報を伝える仕事」と「顧客に寄り添う仕事」を見直す契機にはなり得る。
保険業界におけるAI活用は、業務をどこまで自動化できるかを競う段階から、人とAIをどのように組み合わせるかを考える段階へ移りつつある。AI動画は、その変化を映す新たな顧客接点となるのか。保険会社、代理店、テクノロジー企業による取り組みが注目される。
記事内で紹介したサービス
AI動画プラットフォーム「1ROLL」
提供:株式会社フレイ・スリー
既存資料を基にした動画制作、配信、管理、視聴状況の分析などを支援するAI動画プラットフォーム。
公式サイト: https://www.1roll.jp/
編集部から
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